さだまさしの言葉 ― 2016年08月06日 23:15
今日の中日新聞にさだまさしさんの文章が載っていました。
「核なき世界」は可能か:考える広場:中日新聞(CHUNICHI Web)
おそらく中日新聞のリンクは間もなく消えるから一部引用します。
=== ここから ===
そのために、日本はどんな役割を果たすべきか。今は唯一の被爆国というだけですね。その経験を基に新しい概念を打ち出すという責任感や意地もあまり感じられません。理想を語るスタート地点にも遠すぎるという気さえします。
本気で核兵器を使わせないために、長崎があり、広島があると思うんですよ。こんなことになっちゃうよと。「核兵器をなくせ」はすぐには無理でも、広島、長崎の悲劇を世界に伝えることはあきらめていない。「使わないで。長崎で最後にしてね」って言い続けないと、持っている者の勝ちになってしまうから。
=== ここまで ===
アルバム「さだシティ」を聞いています。
さだまさし 通算40枚目となるオリジナルアルバム「Sada City」
このアルバムの制作に取りかかった直後に2011年3月の大震災が発生しています。未曾有の大災害に社会が混乱にあるとき、音楽家として何が出来るのか途方にくれた時期があったと語っています。そして改めて送り出されたのがこのさだシティです。
廣重寫眞館の解説文章
ライナーノーツから一部引用。
=== ここから ===
経済活動だけが優先され、金持ちが天下人になる。いつの間にか私達の生活は「みんな」の時代から離れ、自分だけが天下人の仲間入りを企む人の多い時代になった。「みんなの社会」は「息苦しく不便な拘束社会」と感じられるようになり、人が増えても「みんな」は姿を消し「独り法師」が増えた。
=== ここまで ===
穏やかな言葉使いと強いメッセージをさりげなく同居させるてしまうのはやはり、さだまさしです。
お金について。
「金の全能性」という観念を引き合いに違った角度から語ることができます。鈴木邦男さんのブログのリンクを記します。
内田樹さんの「格付け」について考えた|鈴木邦男の愛国問答-第161回 | マガジン9
鈴木さんのブログの土台になっているのが下の内田さんの文章です。
格差社会って何だろう (内田樹の研究室)
昔はそうでなかったけど、最近になってさだまさしが気になるようになってきました。遅いって?